昨年末の軽井沢旅行は義理の弟家族と一緒でした。
いつもとは違う軽井沢も楽しめました。

リゾート色の薄い(笑) 軍鶏鍋の店。この後の〆の雑炊が絶品でした。

滅多に近寄らないアウトレット。でも天気が良いと気持ちの良い空間です。
買い物自体は面倒なので30分で済ませました。
2枚のセーターを買いました。セーターはこの先5年は買わなくて良いでしょう(笑)。
いつもの旅に誰かを加えることで旅の行動範囲が広がるという当たり前ながら新鮮な発見でした。
旅の目的
人により目的は異なるかもしれません。
ボク的には以下の通り、かなりオーソドックス。
- その土地の美味しい料理と温泉をまったりと楽しむ
- 非日常を楽しむ
- 明確な目的を持って楽しむ ( 紅葉狩り、グランピング、美術館・博物館etc)
非日常を楽しむという意味では今週2泊3日の検査入院もボクの中では旅の一つの形だったのかもしれません。

滅多に拝むことの無い、高層階からの東京の朝焼け。

経験したことが無い程〇〇い夕食(汗)。
退院後直行した吉野家の朝定食が美味しかったこと!!
そう、非日常とはある意味不便を強いられることが多々あります。
非日常を経て日常の幸福感を再認識・感謝するのも大切な旅の役目の一つだと思います。
特にこれは海外から帰国した時に感じます。
ボクの旅遍歴
ブログを振り返ると昨年は泊まりの旅行は27回でした。
28回だった一昨年、二年前と同等のペースでしたが、年始めは母の世話で東京を離れられなかったこと、夏には1か月余りの海外旅に出ていたことを考えると、昨年はより積極的に旅を楽しんだと言えます。
旅って飽きないものなのだろうか?
小さい時から父にはよく家族旅行に連れて行って貰いました。
外資系勤めの父は当時の日本社会では珍しく有給は全て取得出来たのです。
父は子供との旅行には贅沢は不要と考えていたのか(笑)、泊まるところは大抵民宿か国民宿舎。
でも子供の頃って旅行は何もかもが非日常で楽しく、泊まるところには頓着しないですね。
まさにジャネーの法則でした。
我が家は外食が極めて少ない家庭だったので、民宿で食べる料理は結構なご馳走だった記憶もあります。
流石にボクが高校に入ると家族旅行も減り、大学生の時もあまり出かけることは無くなりました(雀荘に入り浸っていたというのもある笑笑)。
社会人になると直ぐに海外出張の機会に恵まれ、それがアフリカのガーナとウガンダ。
ガーナはまだ大手資本のホテルも無くパートナーの家で居候させて頂き、そこの黒人の召使いの方に食事を作って貰い、下着まで洗って貰いました。
ウガンダはアミンの独裁軍事政権下で、時々橋の欄干に見せしめの生首が晒されていると言われていました。
海外初出張のボクに販売店のレバノン社長がニヤリと「今日はあるかもしれない。見に行ってみるか?」
勿論断りましたが。。
その後20代後半でケニヤ駐在となり、欧州・アフリカの世界が広がりました。
ケニヤから他諸国への出張も頻繁にあり、世界30か国訪問を機に、「次は50ヶ国」「次は100ヶ国」と目標を立て、帰国後はプライベートでも年3回は海外旅行に行っていました。
パキスタンなど今では行きづらい国へも夏休みに一人でひょいとデイパックを担いで出かけられたのも、若い頃の痺れる海外出張経験のお陰だと思っています。
奥さんと知り合ってからは一緒に旅行に行くことも増えました。
ボクとは逆に奥さんはご商売をしていたご両親に小さい頃から毎年限られた休日に豪華な旅行に連れて行って貰っていたようで、今では老舗の有名旅館もたくさん経験しています。
従って彼女との旅行では立派な宿、レストランも経験して、ボクの旅行の幅も広がっていきました。デイパックでは行きません(笑)。
息子が小さい頃は軽井沢を中心に、沖縄・グアム・ハワイとファミリーリゾートも楽しみ、息子の反抗期を経て (笑) 彼の高校時代はオーストラリアの学校に入れたので(寄宿舎住まい)、また夫婦二人で旅に出かけるようになりました。
父と同様この頃のボクは外資系の会社で比較的自由に休暇をとることが出来たので、それこそ今と同じくらいのかなりの頻度で旅行をしていました。
ボク的には仕事のストレスを緩和する為の休暇、少しでも自分を取り戻す為に必要な旅でした。
以上の様に小さい頃から旅が身近だったボクですが、当然年相応に、そして環境の変化とともに旅の形も味変していったので飽きずに旅を続けられたのかもしれません。
それではShanti Shanti! 素晴らしい1日を!
